視力を回復するためのトレーニングやアイテム、レーシックなど様々な方法を解説。

日本で視力回復手術が浸透しなかったわけ

しかし、2000年頃、アメリカやロシア、ヨーロッパでは
視力回復手術が既に盛んに行われていました。

もちろん、角膜にメスを入れるリスクの伴うもの

ではなく、レーザーを当てて近視を矯正する、
いわばレーシック近視矯正手術も徐々に
浸透し始めていました。

しかし、なぜ先進国の中で、日本の眼科の世界だけが、
視力回復手術に消極的だったのでしょうか?

それは、日本は視力回復手術に対して
苦い失敗体験を持っていたからです。

実は、1940年、順天堂大学眼科教授の佐藤勤医師が、
角膜にメスを入れるRK法をロシアに先駆けて、
手がけていたのです。

角膜表面と後ろ側に放射状に切り込みを入れる
ことで、屈折率を調整するという、いわば
1970年代にロシアで行われたものに近い
ものでした。

しかし、この手術には問題点がありました。

角膜の後ろ側に切り込みを入れることで、
角膜の維持に不可欠な内皮細胞を傷つけて
しまうことも少なからずありました。

すると、角膜が濁ってしまい、近視が治る
どころか、角膜移植までしなければならない
事態になってしまうのです。

また、日本民族は、歴史的に他の民族に
比べて、身体にメスを入れることに
抵抗をもっていたようです。

それで、日本での視力回復手術の進展は、
1950年頃にはほとんどストップして
しまいました。

ちょうどこの頃、日本でハードコンタクトレンズが
発売されました。

このため、眼鏡が嫌なら、近視の矯正は手術よりも、
コンタクトレンズ、という考えが以後浸透するように
なりました。